前回、日本で最も古く最も優美な木目金の作品とされる小柄を制作した正阿弥伝兵衛その人についてご紹介しました。杢目金屋代表の髙橋正樹がこの他に類を見ない伝兵衛独特の優美な文様を解明するために、この「秋田県指定有形文化財 小柄 金銀地杢目鍛銘正阿弥伝兵衛」の復元研究制作を2003年に行っていますので、改めて概要をご紹介したいと思います。本研究は江戸時代の木目金技術の文様に関する初めての研究制作です。以下は研究論文からの要約です。
文化財の研究
日本最古の木目金(杢目金、杢目銅、もくめがね)
秋田県指定有形文化財 小柄 金銀地杢目鍛 銘 正阿弥伝兵衛
昭和38年2月5日指定を参考に江戸時代の木目金模様の研究制作実験報告
2003年5月12日
【金属板の積層の順番と枚数の分析】
まず小柄(こづか)の写真を拡大して文様をトレースして描き写し、何種類の金属が何枚どのように重ねられているかを調べます。文様の細部は繊細で地図の等高線のように複雑な素材の変化が、1ミリ四方の範囲のなかでも複雑に展開されていてます。木目金は積み重ねた金属を鏨などで彫り下げたあとに、金槌で平坦に鍛造加工することで木目状の文様をつくりだす技術です。この工程から表面にあらわれる文様はどの部分を抽出しても、金属の積層の順番が同じになります。
観察の結果、文様のA部とB部の(銅)を境に、積層の順番が逆転していることが判明しました。それは単なる積層順の逆転だけでなく、表示した(銅)の前後にある金属が同一積層であることが、トレース図を等高線に見立てて観察することで確認できました。このことから文様をつくりだす以前に、部分的に積層の順番が逆転する何らかの特殊な加工を施していたと考えられます。さらにC部を観察すると同じように(銅)を境に積層が逆転しており、さらにA部と同じ積層順であることが確認できました。
この結果から積層順の逆転は、規則性をもって行われていると仮定できます。さらに細部を細かく分析してゆくと、積層順の逆転は独特の木目金の文様として指摘した流線形状の部分を一区切りとして、交互に行われていることが明らかになりました。
積層順は「銅、赤銅、金、銅、赤銅、銀、銅、赤銅、金、銅、赤銅、銀、銅、赤銅、金、銅」の16層と判明しました。この金属を積み重ねて、角棒状に鍛造加工し、さらにその後ねじり加工を加えたと推測できます。
分析結果から表、裏、表、裏の合計4回のねじり加工を加えた角棒を、改めて金槌を用いて平板状に鍛造します。これにより、正阿弥伝兵衛独特の木目金の文様の元になるねじり文様がその表面にあらわれます。
以上の分析結果をもとに、実際に復元研究制作を行いました。
1. 文様のトレースで確定した銅6枚、赤銅5枚、金3枚、銀2枚の板材を用意しました。
2. 金属板を順番に積み重ねて加熱し、接合します。その後さらに金槌で鍛え、角棒状に成形します。
3. 表、裏、表、裏の合計4回、積層順に注意しながら、少しずつ慎重にねじり加工を施します。
4. ねじり加工した角棒を、彫っては鍛えという工程をくりかえして板状に成形し、文様をつくりだしていきます。
【復元研究を終えて】
復元研究を終えて今回痛切に感じたことは、その独特の文様が本来の木目金の技術の原理である、「偶然性による産物としての領域」を超えた文様の表出であるという点です。それは正阿弥伝兵衛の偶然を必然として操る確かな技術によって編み出された、高度な技の結晶のゆるぎない存在でもあります。
一見、優雅で清清しい文様も、制作においては精緻な神経と非常に丁寧な作業を要求されます。細部まで制作者の意図が反映されてはじめて可能になる文様であることが復元にあたって体感できました。
正阿弥伝兵衛の木目金技術の可能性に込めた、あくなき探求心をそこに感じたのです。
(杢目金屋代表 髙橋正樹)