さくらだより





<第28回> 杢目金屋収蔵品紹介 木目金小皿

  2021年3月22日

現代でも縁起をかついで幸運のお守りを身に着けることはありますが、日本では古来より身の回りの調度品や装飾品に吉祥文様や、物語や歴史上の名場面を画題として取り入れ、その幸運や強運にあやかろうとしました。
今回ご紹介する木目金の小皿も、手のひらに乗る程度の大きさの中に様々な意匠が凝らされたとても楽しい作品です。



刀装具を作る技術として発展した木目金も、廃刀令後は煙管(きせる)や花瓶など生活用具の制作に用いられるようになりました。この小皿は中央が斜めに色分けされ、左側は銅、右半分が朱色の銅と黒色の赤銅(銅と金の合金)からなる木目金で作られています。さて最初に目につくのはやはり、奇妙な「蛙と貴族らしき男性」そして手前の「貴婦人」でしょうか。周りには菊の花が咲き乱れています。この「蛙と貴族」の組合せと言えば平安貴族の小野道風を表しています。雨の中、何度も失敗しながらついには柳に飛びつくことができた蛙を見て、小野道風があきらめかけていた書の道を極めたという逸話が有名です。花札の絵柄でご存知の方も多いでしょうか。



その小野道風を眺めるかのような貴婦人、手には巻物、傍らには桔梗の花とくれば、それは紫式部のことを表しています。紫式部はその著書「源氏物語」の一節で「手は道風なれば、今めかしうをかしげに、」と「書は今風で美しく」と小野道風を取りあげているのです。また紫式部の邸宅跡と言われる京都のお寺は別名、桔梗の寺と言われ、桔梗の花と共に描かれる貴婦人なら紫式部と当時の人には一目瞭然だったのでしょう。左半分の絵柄は川でしょうか、流水が彫りによって描かれ、菊の花が流れています。この「流水に菊」は吉祥文様であり、「流水」は永遠性、「菊」は中国の故事にちなみ長寿の象徴です。蛙が飛びつく柳を描く代わりに、柳が生えている川岸を描くことで、同時におめでたい図柄にした作者の趣向ではないでしょうか。



さてこの画題に木目金が用いられたのはなぜでしょうか。その木目金の模様は何とも言えない複雑な、怪しい雰囲気とさえ言える背景になっています。小野道風と蛙のいる川岸は全て紫式部の想像の先の世界であり、実際に同じ3次元の世界にいる訳ではありません。それを表現するために、地面ではなく煙幕のようなもの、異次元空間を感じさせる背景にする必要があり、そのためには、木目金の複雑で不規則な模様が適していると作者は考えたのではないでしょうか。



今でもSF映画などで時空を超える際の効果として、このようなとらえどころのない曲線からなる背景を見ることができると思います。


規則的で幾何学的な模様も作り出すことができる木目金の技術ですが、その複雑な制作工程の偶然が生み出す、有機的で唯一無二の模様は、単なる模様ではなく、絵画としての表現をも可能にしていると感じることができる作品です。

ところで、この小皿の蛙は飛び上がる代わりに小野道風の手を引くユーモラスな絵になっています。飾り皿にしては小さいこの小皿の用途はなんだったのでしょう。蛙に導かれてわが道を精進する小野道風と、後世に残る書物を書いた紫式部のように、大成することを願う文筆家の書斎の小物置きでしょうか。なかなか他に見ることのできない逸品です。

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